昔、吉田寮に住んでいました。現棟の手触りは忘れられません。ひんやりした空気の中、黒い木の廊下をきしませて古い階段を登ると、ガラス窓からは森のような中庭を見下ろすことができました。あの建物やそれを包む木立の、静かで重い、独特の気配は、他では感じることのできない不思議で切ないものでした。新しく建てる施設にはもっと多くの機能や人数を詰め込めるかもしれませんが、あの「気配」だけはもう二度と作り出すことはできないと思います。大正時代の記憶と、無数の人たちの暮らしと、そして自治が知らないうちに発酵させ染み込ませたものだからです。文化は、機能性や効率から発展していくものでなく、そうした形をもたない価値に敬意を払うことから生まれてくるはずです。古い記憶に抱かれて憩うことのできる場を守ることには大きな意味があります。あの「気配」が継承され、これからも重ねられていくことを望みます。
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